
織田裕二の有名な叫び「キター!」は、どこから始まり、どう広まっていったのでしょうか。
目薬CMでの強烈なインパクトや世界陸上での名場面、そして山本高広によるものまねブームなど、さまざまな場面で人々の記憶に刻まれてきました。
さらに、目薬を使った再現ネタや、公認の有無をめぐる話題、モノマネ激怒と報じられた経緯なども注目を集めています。本記事では、世界陸上で飛び出した熱い名言から、ものまね文化との関わりまでをわかりやすく振り返ります。
記事のポイント
織田裕二のキター 元ネタの歴史と広まり

キターーーと目薬CMが生んだ衝撃

織田裕二さんの「キター!」という叫びが初めて世に広まったのは、1990年代に放送された参天製薬の目薬「サンテFX」のテレビCMでした。
このCMでは、オフィスなどのシーンで織田さんが目薬を点眼し、その直後に強烈な清涼感に驚いたような表情を見せ、思わず「キターッ!」と叫ぶのです。単なるキャッチコピー以上に、体感的な爽快感を視聴者に強烈に印象づける演出でした。

その後2011年に織田さんが15年ぶりに同じ目薬CMへ復帰し、再び「キター!」を叫んだことで再注目を集めました。往年のファンには懐かしさを、若い世代には新鮮さを与え、フレーズが再び広まるきっかけとなったのです。

さらに、この言葉はテレビだけでなくインターネット文化にも取り込まれました。2000年代半ばに話題となった『電車男』では、感動や興奮を表す言葉として「キターーー(゚∀゚)ーーー!!」が多用され、アスキーアートと共に爆発的に普及しました。

つまり「キター!」は、
- テレビCMでのインパクト
- ネットスラングとしての拡散
- 本家CMの復活での再燃
という三段階で広まり、定着していったのです。
世界陸上で飛び出した「キター!」の名シーン

「キター!」という言葉を織田裕二さんと結びつける上で欠かせないのが、TBS系列で長年放送された『世界陸上』です。織田さんは1997年から2022年までメインキャスターを務め、冷静な解説ではなく、熱狂と感情を前面に出す実況スタイルで多くの名言を生みました。
その中で自然に飛び出した「キター!」は、CMの演出とは違い、試合の興奮を視聴者と共有する「本物の叫び」でした。
特に世界新記録誕生の瞬間や日本人選手が快挙を成し遂げた場面では、視聴者も一緒に熱狂できるフレーズとして親しまれました。
また、織田さん自身はこの数々の発言を「迷った言葉(迷言)」と冗談交じりに語っています。狙って生んだのではなく、放送中に自然に出たアドリブだったからこそ、心に響く名シーンとなったのです。
決め台詞と「キター!」の意外なつながり

「キター!」は単発の流行語にとどまらず、織田裕二さんのイメージを形作る「決め台詞」の一つとして定着しました。これは目薬CMや『世界陸上』だけではなく、ドラマ『踊る大捜査線』の名台詞やキャラクター性と結びつき、さらに広がりを見せました。
ものまね芸人・山本高広さんがこの「キター!」を中心に織田さんのものまねを披露したことも、決め台詞としての地位を強固にしました。山本さんは「笑いは現場で起こってるんだ!」などのセリフと「キター!」を組み合わせて披露し、多くの視聴者に「織田裕二=熱い言葉」という印象を与えたのです。
このように「キター!」は、
- CMによる演出の一言
- 世界陸上での自然な叫び
- ドラマやものまねを通じた決め台詞化
という複数の文脈で広がり、単なる流行語を超えて日本のポップカルチャーに深く根付いた表現になったと言えます。
織田裕二のキター 元ネタとものできたものまね文化の影響

山本高広が作り出した織田裕二ものまねブーム

「キター!」というフレーズを再び大きなブームにしたのは、ものまね芸人・山本高広さんの存在です。彼が織田裕二さんのものまねを本格的に披露し始めたのは2007年頃。人気バラエティ番組『爆笑レッドカーペット』などで「笑いは現場で起きてるんだ!」という『踊る大捜査線』を彷彿とさせるセリフとともに「キター!」を叫ぶスタイルで一躍注目を集めました。
当時の観客や視聴者の反応は大きく、「本人よりも本人らしい」と言われるほどの完成度が話題となり、山本さんは瞬く間に時の人となりました。ものまねの域を超えて、一種の社会現象といえる盛り上がりを見せたのです。
目薬を使ったものまねが文化に与えた影響

山本高広さんのものまねは、単にセリフを真似するのではなく、演出を再現した点に特徴がありました。特に「サンテFX」の目薬を胸ポケットから取り出し、点眼してから「キター!」と叫ぶ一連の流れは鉄板ネタとして定着しました。
このスタイルは視聴者にとって強烈な印象を残し、テレビ番組やイベントなどで繰り返し披露されることで「織田裕二=目薬=キター!」というイメージが強化されていきました。
その影響は以下のように整理できます。
- 若い世代にとっては「本家CM」よりも「ものまね」を通じて「キター!」を知ったケースが多い
- ネットや日常会話の中で「キター!」が使われる時、山本さんの顔芸や仕草をイメージする人が増えた
- CMやドラマ、スポーツキャスターとしての織田さん本人像と、ものまねキャラが一体化して認識されるようになった
こうして「キター!」は芸能人のセリフを超え、ものまね文化によって拡張され、独自のポップカルチャーとして根付いていきました。
山本高広のものまねは公認だったのかという真相

山本さんのブレイク後、多くの視聴者が「このものまねは本人公認なのか」と気にしていました。しかし実際には、織田裕二さん本人が正式に「公認」とした事実は確認されていません。
インタビューなどでも織田さんは山本さんについて言及を避けており、事務所側も肯定的なコメントを出すことはありませんでした。つまり、山本さんのネタは公式に認められていたわけではなく、あくまで芸人としてのパフォーマンスとして独立して広まっていったのです。
モノマネ激怒事件に至った背景とは

山本高広さんの「キター!」が大ブームになる一方で、織田裕二さんとの関係性には軋轢があったとされています。特に、事実かは不明なまま噂になったのが「モノマネ激怒事件」です。これは、織田さん本人が自分のものまねを快く思っていないのではないか、と報じられた件に端を発しています。
背景には、以下のような要因が重なっていました。
- 山本さんのネタがあまりに人気になり、本人のイメージと混同されるようになった
- 織田さんは役者としてシリアスなイメージを大切にしており、コミカルなものまねがそのイメージを損なうと感じた可能性がある
- 一部報道で「織田裕二、激怒」という見出しが独り歩きし、誤解を広げた
実際に大きなトラブルに発展したわけではありませんが、「激怒報道」がきっかけで両者の距離感が強調されて語られるようになったのです。
山本高広との関係から見える実態

最終的に、織田裕二さんと山本高広さんの関係は「良好」とは言い難いものでした。山本さんは織田さんへのリスペクトを込めてものまねを行っていましたが、織田さん側からは特別な交流もなく、公認という形も存在しませんでした。
ただし、この関係性そのものが「ものまね文化のリアル」を示しているとも言えます。つまり、ものまね芸人の人気が本家のイメージを強化することもあれば、逆に本家にとって不都合な状況を生むこともあるということです。
織田さんと山本さんのケースは、その象徴的な事例といえるでしょう。結果的に「キター!」は、本人の演技とものまね芸人のパフォーマンスが相互作用しながら文化的に拡大していったのです。
総括:織田裕二のキタの元ネタは目薬CM?世界陸上での名場面についても
織田裕二さんの「キター!」は、単なる一発芸や流行語ではなく、長い時間をかけてテレビ・スポーツ・ネット文化、さらにはものまね芸までを巻き込んで広がった表現です。これまでの記事で整理してきた要点を、あらためて総括します。
- 出発点は目薬CM
1990年代のサンテFXのCMで、目薬の清涼感を「キター!」と叫ぶ形で表現。強烈なインパクトを残しました。 - インターネットでの拡散
『電車男』のヒットにより「キターーー(゚∀゚)ーーー!!」というネットスラングとして爆発的に普及し、テレビの枠を超えて定着しました。 - 世界陸上でのリアルな叫び
織田さんがキャスターを務めた『世界陸上』では、世界記録誕生や日本人選手の快挙の瞬間に自然に「キター!」が飛び出し、本物の熱狂として視聴者を魅了しました。 - 決め台詞化と文化的定着
ドラマ『踊る大捜査線』の名台詞や山本高広さんのものまねを通じて、「キター!」は決め台詞としての地位を確立。本人の演技、ものまね、ネットスラングが混ざり合って文化的に拡張しました。 - ものまね文化との関係
山本高広さんの再現度の高いネタが「キター!」をさらに広めた一方で、織田さん本人との関係性は微妙で、公認ではありませんでした。ブームが本人のイメージと交錯し、摩擦を生む一因となったのです。
こうして振り返ると、「織田裕二 キター 元ネタ」は、目薬CMを起点に、スポーツの感動やネット文化、ものまね芸といった複数の要素が絡み合いながら進化してきたことがわかります。単なる一言のフレーズでありながら、その背景には日本のポップカルチャーの変遷が凝縮されているのです。
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