
ニュース速報で流れてきた「徳島県議会議員の逮捕」という衝撃的な報道を見て、その名前や詳細が気になり、思わずスマホで検索してしまったという方が多いのではないでしょうか。私自身もその一人です。
特に話題となっている「古川広志」というお名前は、実は音楽プロデューサーや著名な研究者など、各界で活躍されている同姓同名の方が複数いらっしゃるため、ネット上の情報が非常に混同しやすい状況にあります。「えっ、あの音楽の人が?」なんて誤解をしてしまったら大変ですよね。
今回の報道を受けて、渦中の人物である古川議員とは一体どのような経歴や学歴の持ち主なのか、またこれまでの地元での評判や家族構成はどうなっているのかといった、いわゆるWiki的な詳細情報を求めている方も少なくないはずです。

そこで今回は、長年ブログで情報を整理してきた私の視点で、徳島県議として活動してきた古川氏のプロフィールやこれまでの実績、そして2025年11月に報じられた事件の事実関係について、現時点で分かっている確かな情報を徹底的に整理してまとめました。
記事のポイント
徳島県議・古川広志のwiki風経歴・プロフィール詳細

まずは、今回報道の中心となっている古川広志氏がどのような人物なのか、その基本的なプロフィールから丁寧に紐解いていきましょう。ニュースの見出しだけでは分からない、長年行政の現場に携わってきた経験や、政治家としてのバックグラウンドを知ることで、この人物像がより明確に見えてくるはずです。
古川広志の学歴や出身大学は創価大学

政治家のバックボーンを知る上で欠かせないのが学歴ですが、古川広志氏の経歴を詳しく調べてみると、地元の徳島県内で基礎教育を受け、大学進学を機に上京していることが分かります。

昭和36年(1961年)生まれの古川氏は、地元の阿南市立平島小学校、那賀川中学校を経て、地元の進学校である県立富岡西高校を卒業しました。多感な時期を徳島の豊かな自然の中で過ごされたんですね。
その後、上京して創価大学経済学部へと進学し、昭和59年(1984年)に卒業されています。経済学部での学びは、単なる数字の計算だけではなく、社会の仕組みや経済格差の問題などにも触れる機会が多いため、後の政治活動において「経済的な視点」と「福祉的な視点」を融合させる政策立案の基礎になったのではないかと考えられます。
また、創価大学出身であることは、後に公明党公認候補として政界に進出する上で、非常に大きな人的・思想的基盤となったことは間違いありません。「大衆とともに」という立党精神に近い場所で学んだ経験が、彼のキャリアの原点になっていると言えそうです。
議員になる前の県職員としての職業経歴

実は古川氏は、最初から政治家を志して選挙に出たわけではありません。大学卒業後の昭和59年4月に徳島県庁に入庁し、平成26年(2014年)8月に退職するまで、実に約30年間ものあいだ徳島県庁の職員(行政官)として勤務していました。

30年といえば、新人からベテラン、そして管理職へと立場が変わるほどの長い期間です。この間、彼は単なる事務屋としてではなく、現場に近い部署で汗をかいてきたようです。
福祉の現場での「工賃向上」への取り組み
特に県職員時代に力を入れていたのが、障がい者福祉施策です。中でも、障がい者就労支援施設で働く利用者さんが受け取る賃金(工賃)を上げるための「工賃向上施策」に深く関わっていたそうです。
行政官時代の主な取り組み
- 徳島県独自の名産品「和三盆糖」を使ったお菓子「和三盆コロン」の開発支援
- 福祉施設で作られた製品(授産品)の商品価値を高めるためのブランド化戦略
- 民間企業の手法を取り入れた販路拡大のサポート
これらは、机上の空論では決してできない仕事です。現場の職員さんや利用者さんと膝を突き合わせ、「どうやったら売れる商品になるか」を真剣に考え抜いた経験があったからこそ、後の政治活動でも「実務型」としての評価を得られたのでしょう。
公明党公認で活動する徳島県議としての顔

30年の充実した行政経験を経て、古川氏は満を持して平成27年(2015年)の徳島県議会議員選挙に立候補し、初当選を果たしました。所属はもちろん公明党です。
新人議員としてデビューした当時から、彼は「即戦力」として期待されていました。なぜなら、議会の答弁を作る側(県職員)の事情も、質問する側(議員)の役割も熟知していたからです。

県職員時代に培った制度への深い理解を武器に、「福祉」「防災」「地域経済」を主要な政策テーマとして掲げて活動してきました。議会質問の議事録などを読み解くと、単なる理想論やパフォーマンスではなく、「この予算のこの部分を使えば実現できる」といった、具体的な制度運用に基づいた提案を行っていたことがうかがえます。これは元役人ならではの強みですね。
古川広志の生年月日や出身地と生い立ち
ここで改めて、古川氏の基本的なパーソナルデータを確認し、彼がどのような環境で育ってきたのかを整理しておきましょう。
| 氏名 | 古川 広志(フルカワ ヒロシ) |
|---|---|
| 生年月日 | 昭和36年(1961年)8月12日 |
| 年齢 | 64歳(2025年逮捕当時) |
| 出身地 | 徳島県阿南市那賀川町 |
| 出身校 | 阿南市立平島小学校 阿南市立那賀川中学校 徳島県立富岡西高校 創価大学経済学部 |
| 前職 | 徳島県庁職員(約30年勤務) |
出身地である阿南市那賀川町は、徳島県南部を流れる那賀川の豊かな水に恵まれた、とてものどかで美しい地域です。ここで育った「徳島っ子」としてのアイデンティティは非常に強く、地域のお祭りや行事にも積極的に参加されていたという情報もあります。
地元に根差した活動を続けてきた背景には、「自分を育ててくれた故郷を良くしたい」という、政治家としてごく真っ当な郷土愛があったことは想像に難くありません。
評判に関わる過去の選挙での当選歴

政治家としての評価を客観的に測る指標の一つが選挙結果ですが、古川氏は2015年の初当選以来、連続して当選を重ねてきました。
選挙戦においては、派手な空中戦よりも、地道な「ドブ板選挙」に近いスタイルを得意としていたようです。具体的には以下のような実績をアピールしていました。
- 通学路の安全確保:子供たちが通る道の水たまり解消やガードレール設置。
- インフラ整備:高架下の漏水対策や、老朽化した道路の補修。
- 難病児支援:学校給食におけるアレルギー対応や支援体制の強化。
これらはいわゆる「マイクロ・ポリティクス(生活密着型の課題解決)」と呼ばれる分野です。「憲法改正」や「外交問題」といった大きなテーマも大切ですが、主婦層や高齢者層にとっては、「目の前の道路の穴を直してくれる」議員こそが頼りになる存在です。
こうした小さな声を拾い上げる姿勢が、これまでの安定した当選歴につながり、地元での「面倒見のいい先生」という評判を形成していたのだと思われます。
古川広志のwiki経歴に追記される実績と最新情報

ここまでは古川氏の「表の顔」とも言える、積み上げてきた立派な経歴を見てきました。しかし、ここからは具体的な政治実績の詳細と、いま世間を大きく騒がせている逮捕報道について、現実を直視して触れていかなければなりません。
コツコツと積み上げてきた30年の行政実績と10年の政治実績。そして、今回報じられた一つの事件。このあまりにも大きな落差こそが、多くの人が衝撃を受け、失望している最大の理由ではないでしょうか。
福祉や防災に尽力した主な政治活動の実績

まず、今回の事件とは切り離して、公平な視点で彼の政治実績を評価するならば、特に「福祉」の分野で大きな成果を残していることは紛れもない事実です。

特に有名なのが、徳島県が「就労継続支援B型」事業所における平均工賃で全国1位を記録した実績です。この推進に、元県職員としての知見を活かし、議会側から強力にバックアップしたのが古川氏だと言われています。
就労継続支援B型とは?
一般企業での雇用が困難な障がいのある方に対して、就労の機会や生産活動の場を提供するサービスのことです。(出典:厚生労働省『障害福祉サービスの内容』)
その他にも、以下のような政策に熱心に取り組んできました。

医療的ケア児とその家族への支援
人工呼吸器やたんの吸引などが必要な「医療的ケア児」を抱える家族のために、レスパイト(一時預かり)支援の拡充や、短期入所できる施設の体制強化を提言しました。親御さんが少しでも休息を取れる環境作りは、非常に切実な課題であり、これを推進した功績は大きいです。
要配慮者視点での防災対策
南海トラフ地震などのリスクが高い徳島県において、お年寄りや障がい者が逃げ遅れないための対策を重視しました。具体的には、福祉避難所の指定拡大や、避難所となる特別支援学校体育館への空調設備導入などを推進。「災害弱者を出さない」という強い意志が感じられる政策です。

地域経済と観光振興
阿波おどりの期間中に深刻化する宿泊施設不足を解消するため、一般家庭などを活用する「イベント民泊」の導入を提案したり、観光地でのごみゼロ活動を推進したりと、経済と環境の両立を目指す活動も行っていました。
このように、社会的弱者や現場の声に寄り添う政策が多く、仕事ぶりだけを見れば「真面目な実務家」「頼れる福祉の専門家」という評価が定着していたはずでした。
2025年の逮捕報道に関する事実経緯

しかし、そんな長年の実績を一瞬にして覆すような衝撃的なニュースが飛び込んできたのが、2025年11月末のことです。現在報じられている内容を整理して確認しましょう。
事件の概要(報道ベース)
発生日時:2025年11月28日 夜
場所:東京都港区赤坂のホテル
容疑:性的姿態撮影等処罰法違反(撮影罪・いわゆる盗撮)
事件の詳細な経緯
報道各社の情報を総合すると、古川氏は都内で行われる会合に出席するために徳島から上京し、港区赤坂のホテルに宿泊していました。その夜、派遣型風俗店の女性従業員(20代)を客室に呼んだとされています。
問題となったのは、そのサービス中の行為です。古川氏は、自身のスマートフォンを使用し、女性の性的姿態を無断で撮影した疑いが持たれています。撮影に気づいた被害女性がその場で抗議・通報し、翌29日に逮捕されるに至りました。
警察の調べに対する反応
警察の取り調べに対して、古川氏は「間違いありません」と容疑を認めていると報じられています。言い逃れのできない状況だったことが推測されます。
県民の税金で活動し、地域を代表して東京に来ていた公人が、あろうことかこのような卑劣な行為に及んだとすれば、その裏切り行為に対する県民の怒りと衝撃は計り知れません。まさに「信用失墜」という言葉が重くのしかかります。
辞職の可能性など今後の進退への影響

この逮捕を受けて、彼が所属する公明党徳島県本部は即座に反応しました。逮捕翌日には公式談話を発表し、「極めて非倫理的であり遺憾。事実であれば言語道断」として、党として厳正に対処する姿勢を示しています。
現時点(2025年11月30日)では、古川氏本人からの正式な辞職願提出や会見は行われていません(身柄拘束中のため)が、以下の理由から議員辞職は避けられないのではないかという見方が大勢を占めています。
- 容疑の自認:本人が認めている以上、冤罪の可能性は極めて低いこと。
- 党の体質:「清潔潔白」を旨とし、女性層の支持も厚い公明党にとって、性犯罪は最も許されざる不祥事であること。
- 社会的制裁:盗撮という犯罪の性質上、倫理的な非難が極めて強く、議員活動の継続は事実上不可能であること。
今後、県議会が開かれれば「辞職勧告決議案」が提出され、全会一致で可決される可能性が高いでしょう。また、党からは「除名」などの最も重い処分が下されることも予想されます。
長年積み上げてきた福祉や防災での輝かしい実績も、この一つの過ちによってすべて水泡に帰してしまい、「盗撮で逮捕された元議員」という汚名だけが残ってしまう。非常に残念でなりません。
同姓同名の音楽家や医師や研究者との区別

最後に、この記事を読んでいる皆さんに強くお伝えしたいことがあります。それは、検索する際に非常に重要な「同姓同名の別人」についての注意点です。
「古川広志(フルカワ ヒロシ)」というお名前は、実はそれぞれの分野でトップクラスの活躍をされている著名人の方々と完全に一致、あるいは読みが同じなのです。
混同しやすい「フルカワ ヒロシ」さんたち
- 古川ヒロシ氏(音楽プロデューサー):
数々の有名アーティストへの楽曲提供やプロデュースを手掛ける、音楽界の実力者です。今回の件とは全くの無関係です。 - 古川宏氏(筑波大学教授):
社会システムやリスク工学などを専門とする研究者であり、アカデミックな分野で貢献されています。こちらも別人です。 - 古川洋志氏(医師):
形成外科領域、特にマイクロサージャリーなどで活躍される著名な専門医・教授です。医療界の重鎮であり、今回の件とは無縁です。
ネット上で検索をしていて「あれ?この議員さん、音楽活動もしてるの?」「医学の論文も書いてるの?」と思った場合、それは100%別人の情報です。
今回の徳島県議の不祥事と、これら素晴らしい功績をお持ちの方々は全く無関係です。誤った情報をSNSで拡散したり、無関係の方の所属先に問い合わせたりすることは、名誉棄損にもなりかねない迷惑行為ですので、情報の見極めには十分注意してくださいね。
まとめ:古川広志のwiki経歴的情報一覧

今回は、徳島県議会議員・古川広志氏について、Wiki風に情報を整理してお届けしました。
県職員として30年、県議として約10年。合計40年近くにわたり徳島の行政・政治に関わってきた人物であり、特に福祉施策での貢献は確かに大きなものがありました。工賃向上や防災対策など、彼の仕事に助けられた県民もいたはずです。
しかし、2025年11月の逮捕報道は、そうしたキャリアのすべてを揺るがす重大な事態です。「終わり良ければ総て良し」の逆を行くような結末に、政治家としての資質が改めて問われています。
私たち有権者やネットユーザーとしては、まずは報道されている事実を冷静に受け止めつつ、感情的にならずに今後の推移を見守ることが大切です。そして何より、同姓同名の別人の方々と混同しないよう、リテラシーを持って情報に接していきましょう。
今後の進退や議会の対応についても、新しい情報が入り次第、また追記していきたいと思います。


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