
テレビでフィギュアスケートを見ていて、坂本花織選手の点数が発表された瞬間に「えっ、高すぎない?」「採点がおかしい気がする」と感じたことはありませんか。派手な4回転ジャンプやトリプルアクセルを決めた選手よりも、大技のない坂本選手の方が点数が高いことにモヤモヤする。

その感覚、実はとても自然なものなんです。ネット上でも爆盛りだとか優遇されているといった声を見かけますが、あるいは点数の出過ぎではないかと疑問に思う人も少なくありません。しかし、この違和感の正体を調べていくと、そこには不正や贔屓ではなく、現在の採点システムと彼女の技術特性がピタリとハマっているという明確な理由がありました。
今回は、元自動車査定士としてモノの価値を見極めることが好きな私が、なぜ彼女の得点はこれほどまでに伸びるのか、そのカラクリを徹底的にリサーチしてまとめました。
記事のポイント
坂本花織の採点がおかしいと言われる背景

ここでは、なぜ多くの視聴者が「坂本花織の採点はおかしい」と感じてしまうのか、その根本的な原因を掘り下げていきます。

ネット上の評判から、ルールの変遷、そしてテレビ観戦特有の盲点まで、違和感を生む構造的な要因を一つひとつ紐解いていきましょう。
点数が出過ぎで爆盛りという批判の真相

フィギュアスケートの大会が終わるたびに、SNSや掲示板では「坂本花織 点数 出過ぎ」「爆盛り採点だ」といった言葉が飛び交うことがあります。特に、他の選手が果敢に高難度のジャンプに挑戦している中で、いわゆる「大技」を持たない彼女が圧倒的な点差で優勝すると、判官贔屓のような心理も働いて、「なぜ?」という疑問が噴出するのは無理もありません。
私自身、車の査定をしていた頃、見た目は派手なカスタムカーよりも、外装は地味でも中身の機関が完璧に整備されたノーマル車の方が圧倒的に高値がつくケースを何度も見てきました。フィギュアスケートもこれに似ていて、視聴者が直感的に感じる「凄さ(回転数や派手さ)」と、ジャッジが評価する「質(完成度やスケーティング)」の間に、大きな認知ギャップがあるのです。このギャップこそが、「採点がおかしい」という批判の正体であり、決して不正が行われているわけではありません。
難易度より質重視へ変わったルール変更

かつての女子フィギュア界は、ロシア勢を中心とした「4回転ジャンプ全盛期」でした。どれだけ難しいジャンプを跳ぶかが勝負の分かれ目でしたが、ISU(国際スケート連盟)の採点トレンドは近年、大きく舵を切っています。
特に大きな転換点となったのが、2022年シーズンからのプログラムコンポーネンツスコア(PCS)の再編です。以前は5項目あった評価軸が、「スケーティングスキル(SS)」「プログラム構成」「演技表現」の3項目に集約されました。この変更は、一見すると単なる簡素化に見えますが、実は「スケーティングスキル(SS)」の重要度をより明確にする結果となりました。
現在、フィギュアスケートは「ジャンプの難易度競争」から「ジャンプの質とスケーティングの質を競う時代」へとパラダイムシフトしています。
このルール改正は、圧倒的な基礎スケーティング能力を持つ坂本選手にとって、追い風となりました。「ルールが彼女のために変えられた」と揶揄されることもありますが、実際は「複雑化した評価を整理したら、彼女の強みがより際立つ形になった」と解釈するのが自然でしょう。
テレビでは伝わらないスピードと音

「坂本選手の演技、現地で見ると別次元らしいよ」。そんな話を聞いたことはありませんか? 実は、フィギュアスケートの採点において極めて重要な「スピード」と「パワー」は、テレビ中継では最も伝わりにくい要素なのです。
テレビカメラは常に選手を画面の中央に捉え、選手に合わせて動きます。そのため、背景が流れる速さでしかスピードを感じ取ることができません。しかし、現地で観戦した人やジャッジは、リンク全体を俯瞰し、他選手との「相対的な速さ」を肌で感じています。坂本選手の最大の武器は、男子選手並みと言われる圧倒的なスピードと、氷を削るゴォーっという音の迫力です。
画面越しに見る「普通のジャンプ」と、現地で感じる「爆走からの特大ジャンプ」の迫力の差が、視聴者の得点感覚とのズレを生んでいます。
この「ライブ体験」でしか分からない凄みが、ジャッジの加点(GOE)や演技構成点(PCS)に大きく反映されているのです。
海外の反応と専門家による評価の違い

日本国内の一部では「美しくない」「点数が高すぎる」という声も聞かれますが、フィギュアスケートの本場である欧州やロシアの専門家たちの評価は全く異なります。特に、フィギュア大国ロシアの元選手たちからは、彼女のスケーティングについて「まるで男子選手のようだ」「女子でこれほどのパワーを出せる選手は稀だ」と、その身体能力と技術を絶賛する声が多く挙がっています。
欧州の解説者たちも、彼女の「一蹴りの伸び」や「深いエッジワーク」を高く評価しており、いわゆる「バレエ的な儚い美しさ」とは異なる、「アスリートとしての圧倒的な強さ」が国際的に認められているのです。海外の視点で見ると、彼女の得点は「おかしい」どころか、その卓越したスキルに対して正当、あるいはそれ以上の評価を受けてしかるべきと考えられています。
ミラノ五輪に向けた中井亜美との比較

2026年のミラノ・コルティナ冬季五輪を見据えた戦いの中で、興味深い対比があります。トリプルアクセル(3A)という大技を持つ若手の中井亜美選手と、3Aを持たない坂本花織選手の関係です。
例えば、女子ショートプログラム(SP)で中井選手が3Aを成功させて技術点で優位に立ったとしても、最終的なスコアやフリースケーティングを含めた総合点では、坂本選手が肉薄、あるいは逆転することが多々あります。「大技を決めたのに、なぜ?」と思うかもしれませんが、これこそが「完成度」の差です。
ジャンプ一本の基礎点の差は数点ですが、すべての要素におけるGOE(出来栄え点)の加点と、PCS(演技構成点)の積み上げにおいて、坂本選手は若手選手を大きく上回ります。ミラノ五輪に向けても、単発の大技よりも「プログラム全体の質」がいかに勝敗を分けるか、この二人の対比が如実に物語っています。
坂本花織の採点がおかしい説を徹底検証

ここからは、より専門的な視点で「なぜあのジャンプが高得点なのか」「なぜ失敗した4回転より3回転が強いのか」を、具体的な数値や理論をもとに検証していきます。感情論を抜きにした、冷徹な「得点の計算式」を見ていきましょう。
ジャンプが低いのに加点される理由

坂本選手のジャンプを見て「高さがない」と感じる人もいるかもしれません。確かに、彼女のジャンプは上方向に高く跳ね上がるというより、前方向へ矢のように飛んでいく「幅のある」ジャンプです。生体力学的な分析(アイスコープ等)によると、彼女の飛び出し角度は約16度と低く、その分、驚異的な飛距離を稼ぐ「弾丸軌道」を描いています。
ここで重要なのが、ISUのGOE(出来栄え点)のガイドラインです。加点要素には「高さおよび距離が非常に良い」という項目があります。つまり、高さだけでなく、距離(幅)があることも同等に評価されるのです。
坂本選手のジャンプは「圧倒的な飛距離」「着氷後の流れ」「入りと出のスピード」という要素を満たしており、ルール上、満点に近い加点(+4や+5)を得る条件を完璧にクリアしています。
見た目の「高さ」だけがジャンプの価値ではない。これが、彼女のジャンプが高得点を叩き出すカラクリの一つです。
失敗した4回転より3回転が高得点な理由

「4回転に挑戦した選手の方が偉いのではないか?」という心情はよく分かります。しかし、採点ルールは残酷なまでに合理的です。以下の表は、質の高い3回転コンビネーションと、転倒した4回転ジャンプの得点をシミュレーションしたものです。
| ジャンプの種類 | 基礎点 (BV) | GOE評価 | 転倒減点 | 最終得点 |
|---|---|---|---|---|
| 4回転トウループ(転倒) | 9.50 | -4.75 (大幅減点) | -1.00 | 3.75 |
| 3回転フリップ+3回転トウループ | 10.20 | +3.67 (高品質加点) | 0 | 13.87 |
ご覧の通り、4回転ジャンプは転倒したり回転不足を取られたりすると、基礎点が下がる上にGOEで大きくマイナスされ、得点は見るも無惨な数字になります。一方で、坂本選手のように質の高い3回転コンビネーションを決めれば、加点だけで4点近く稼ぐことができ、結果として10点以上の大差がつきます。
これは「簡単な技で逃げている」のではなく、「最も期待値の高い(確実に点が取れる)構成を選んでいる」という、極めて高度な戦略なのです。
プログラム構成点PCSが高すぎる謎

「PCS(演技構成点)は人気点や雰囲気点だ」という誤解が根強くありますが、これは間違いです。PCSは本来、スケーティングの技術や構成の巧みさを評価する技術的なスコアです。
坂本選手のPCSが常に9点台後半をマークするのは、彼女が「審判へのアピール」が上手いからではなく、「スケーティングスキル(SS)」の項目がずば抜けているからです。先ほど触れたルール改正により、SSの比重は高まりました。ジャッジは「エッジがいかに深く倒れているか」「片足でどれだけ滑り続けられるか」「加速に無駄な力を使っていないか」を厳密にチェックしています。
この「基礎工事」の部分において、坂本選手は世界中のどの選手よりも強固な土台を持っています。だからこそ、PCSが高止まりするのです。
スケーティングスキルSSが評価される訳

では、具体的に彼女の「スケーティングスキル(SS)」は何が凄いのでしょうか。一言で言えば、「一蹴りの進む距離と減速のなさ」です。
普通の選手が3回氷を蹴って進む距離を、彼女はたった一蹴りで滑りきります。しかも、ターンやステップを踏んでもスピードが落ちない。これは強靭な体幹と、膝や足首の柔軟な使い方がなければ不可能です。
車の運転で例えるなら、アクセルをベタ踏みしなくても、トルクの太いエンジンで余裕を持って高速巡航できている状態に似ています。
ジャッジはリンクサイドで、この「氷を捉える音」や「風を切る感覚」を直接体感しています。テレビ画面では分かりにくい「エンジンの違い」のような基礎性能の高さが、SSの点数としてダイレクトに反映されているのです。
回転不足リスクを避ける戦略の合理性

近年の採点傾向として、回転不足(アンダーローテーションやダウングレード)への判定が非常に厳しくなっています。少しでも回転が足りないと基礎点がガクンと下げられ、努力が水泡に帰します。
坂本選手の強さは、この「減点リスク」を徹底的に排除している点にあります。彼女は無理に4回転や3Aを練習して怪我のリスクや試合での失敗リスクを負うよりも、自分が確実に跳べる3回転ジャンプの質を極限まで高める道を選びました。
「大技がない」と批判されることもありますが、ルールブックを熟読し、勝つために最も効率的で確実な方法を選択し実行する。これはアスリートとして、そして勝負師として非常に理にかなった「最適解」の戦略だと言えるでしょう。
まとめ:坂本花織の採点がおかしい訳ではない

ここまで見てきたように、「坂本花織の採点がおかしい」と感じる背景には、私たち視聴者の「難易度信仰」と、現在のルールが重視する「完成度・質」との間にズレがあることが分かりました。
- ルールへの適合:今のルールは「質」と「スケーティング」を重視しており、彼女はその申し子である。
- 視覚の罠:テレビでは伝わらない「圧倒的なスピード」と「飛距離」が現地で高く評価されている。
- 戦略の勝利:リスクの高い大技よりも、高GOEを狙える確実な構成で「負けない戦い」をしている。
彼女の点数は、決して優遇や爆盛りではなく、「現行ルールの中で最も効率よく得点を稼ぐための正解」を突き詰めた結果です。派手な花火のような大技はありませんが、その滑りはまさに「鋼鉄の城」。基礎を極めた先にこれほどの強さがあるのだと知ってから彼女の演技を見ると、また違った凄みが見えてくるのではないでしょうか。



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